今日は長男の8歳の誕生日。
思えば8年前の今日、私は日本にはおりませんでした。
妻が言うには、その日はさくらが満開で、次女の幼稚園に花見に行って帰ってきたら陣痛が始まったそうです。
当時、海外出張が多く、月の約半分は海外で過ごしておりました。
その日もちょうど中国出張中で、仕事を終えてホテルに戻ったら、会社の上司がホテルにメッセージを残しておいてくれたのでした。
私たち夫婦にとっては三人目の子で、上二人が女の子だったので、男の子の誕生はそれなりに感慨深いものがありました。
よく考えてみれば、、、
長男が誕生する2年前から単身赴任を続けており、誕生した日も含めて、長男の誕生日には一度も一緒に過ごした記憶がありません。
いつも電話で「誕生日おめでとう」を伝えたように思います。
その子ももう小学二年生。
父親としては、
家族がバラバラにいるのは胸が痛く、早く今の生活を変えていきたいなと奮闘しているところです。
実は、
私の父も私が小学三年生の頃から単身赴任生活をしておりましたので、子供たちの気持ちはよくわかるのです。
だから、月に一度帰省すると、なるべく子供たちと一緒に過ごす時間をたくさんとるようにしています。
そして、帰るたびに子供たちが成長しているのを感じます。
昔、何かの本で読んだのですが、
子供は自分を映す鏡なので、自分が物心つく前、つまりまだ記憶がない時の状況は、父親であれば息子を、母親であれば娘をみればわかる、と。
ということは、私が、まだ私と出会う前の妻の成長過程を知りたいと思えば、娘の成長を見てみれば、ある程度わかるということになります。
妻曰く、
「確かに娘二人はそれぞれは全く正反対の性格だけど、それぞれの中に自分と似ている点が多々ある」だそうです。
私自身も、
二人の息子を見ていれば、びっくりするほど「似ているんだろうな」と感じることがよくあります。
だから父親は息子に、母親は娘に厳しくなってしまうのか、と納得してしまいます。
いずれにせよ、子供の成長に家庭環境は最も重要な要素です。
最近よく児童虐待のニュースを耳にしますが、その原因のほとんどはやはり家庭問題です。
児童虐待が専門のある心理セラピストがツイッターでつぶやいてました。
「多くの場合、親自身が虐待を受けた経験があるようです。自分の感情を受容された経験があまりないので、感情を暴力で表現することを身につけて育ったのですね。子どもの保護と親の再養育が急務です」
我が家では、子供たちが何かいたずらや失敗をしでかしてしまったときは、たまに感情的になってしまうこともありますが、まずは受け入れ、それから叱ったり教えたりするようにしています。
以前、児童虐待に関してある人が発言した内容に対して、私もツイッターで以下のような言葉を返信したことがあります。
「弱いから、幼稚だからといって子供に大人のエゴを押しつけることはできない。歴史の結実としてこの世に生まれてきた一生命であり、未来を背負うかけがえのない一個体、そして心を持った一存在。私に何ができるだろう!切実な問題。改めて自問自答してみます」
たかが数十年、親の方が子供たちより先に生まれてるだけの話ですが、
子供たちを見ていて、その未来の可能性を左右するのは、やはり親であり家庭環境だなとつくづく感じます。
中には仕方なく母子家庭、父子家庭となっている家庭もあります。
私たちが小さい頃は村社会で、隣近所のおじさん、おばさんたちが親代わりになって叱ってもくれたし、愛してもくれました。
ある意味、村社会全体が家族のように機能していました。
もちろん、田舎に行けば今でもその風潮が残っています。
そういう意味で、うちの子たちも隣近所の人たちに親代わりのようによく面倒を見てもらっています。
田舎で休暇を終え、上京するたびに、
「もっと遊んでやったらよかったのに」とか
「もう少しましな叱り方はなかったのか」なんて自問自答したりしますが、
無限大の可能性をひっさげてこの世に生まれてきた子供たちの可能性を、縮めてしまう存在だけにはなりたくないなと思う、息子の誕生日となりました。
今晩は、小さなケーキを買ってきて、祝ってやろうと思っています。
ニックネームとWebsiteの入力を忘れたので送ります。
これからも宜しくお願いします。
それにしても、写真、文章、レイアウト、本当に素晴らしいです。
ぶんちゃんさん。
ありがとうございます。
不定期ですが、ちょこちょこ更新していきたいと思います。